北島 智子さん~一つ一つの研修での学びを大切に~
野口 二三四さん~プラスワンのおもてなしを意識し続ける~
1990年代、平成初期から隆勝堂の店舗を守ってくださった接客のプロフェッショナルのお二人にお話をうかがいます。
―どういうきっかけでご入社されたのですか?
北島さん:私は平成5年(1994年)に、大木店のオープンの時に。
確か最初は新店のオープンのお知らせということで、社員さんがお菓子を持ってご挨拶に見えたんです。知り合いのご縁や、ちょうど三男が保育園に上がったというタイミングもあって、入社しました。
野口さん:私は平成11年(1999年)に、JR羽犬塚店のオープンの際のちらしを見て応募しました。
―お二人のご入社当時のお店の様子を教えてください。
北島さん:オープン時だったこともあって、活気がありました。社員さんが3名にパートさんは7名くらいだったかしら。割と熱血の方が多くて特にクリスマス前なんか本当に一生懸命仕事されていたイメージです。
野口さん:私は筑後店に配属されたんだけど、皆さんとても丁寧なんですが、もう少し接客に優しさが欲しいかなと思いました。
例えば、お客様がお子様とお越しの場合は、お子様の名前を覚えてお話の幅を広げるとかね。
プラスワンの一言を伝える接客ができるようにならなきゃいけないという意識を持ちました。
―その後どうなりましたか?
野口さん:私が言ったからなのかどうかわからないけれど、本店研修が始まりました。
接客の専門の先生がいらして、お見送りまでの一連の流れを練習させてもらいました。
最初に腹式呼吸から始まるの。大変だったけれど嫌いではなかったわね。
当時は緑のラインが入った白いエプロンを着て。あぁ、懐かしかね。
厳しかったわよ。
―大変だった想い出はありますか?
野口さん:隆勝堂は商品の数が多いから、とにかく覚えるまでが大変でしたよ。商品の名前、値段、特徴、成分まで、ノート2、3冊にまとめていつも覚えていました。
「明日これテストするから覚えてこんね。」って言われて。
包装やひもがけするときも時間を計って「はい何分!」ってね。熨斗の種類を覚えるまでも、ノートを見ながら、そして字の練習をして。一生懸命やりました。
本店以外の店舗では、チョコペンでデコレーションケーキのお名前を書いたりもするから、
自宅に持って帰って練習しましたね。
北島さん:大変なことも多かったけれど、私がよく覚えているのは社内で行う方針発表会。当時は社内での催しがたくさんあって楽しかったですよ。年一回の社員旅行に忘年会に新年会、そして方針発表会。
一年間の会社の方針を聞くことで、こういう目的で私たちは働いているんだということがわかって、沢山メモをとってそれを日々意識していました。
そうそう、製造と販売と分かれて、具体的な研修もやりましたね。私たちは販売だったから、接客やマナー研修を。終わったら皆で話し合って発表し合って。いい時間でした。
八女の山内で行われた研修では、カレーを振るまってもらったりしてね。そこまでしてくれる職場は、八女には他になかったんじゃないかと思いますね。
野口さん:そうそう、私が思い出すのは、昔偶然テレビ番組を見ていたら、FBS(福岡放送)の古賀ゆきひとアナウンサーが番組の中で、「大牟田を通ったら草木饅頭、筑後を通ったら蹴洞饅頭」って言ってくれたこと。当時から有名なお菓子だとは思っていたけれど、そんな風にテレビでも言ってくれたのはとても想い出に残っています。
北島さん:私が入社したころのイメージといえば…隆勝堂=丁寧な接客。
働いているスタッフの親御さんからも、挨拶や礼儀をしっかり教えてもらえて有難いと言われることが多くて。それは嬉しい評価でした。見た目も美しい方が多くてね(笑)
野口さん:今日は、昔のことを思い出して楽しかったわ。また働きたくなってきたねえ。